※本作はniconico「ニコニコ連載小説」内「電撃文庫チャンネル」で掲載された作品の再録です。


【僕が七不思議になったわけ】『プチ春の章』



「神経衰弱やっりましょお~! ヘイ!」
 机が乱雑に積まれた空き教室の真ん中で、陽気な歌を口ずさみながら、テンコが机にトランプを並べていく。
「あーテンコ……」
「数字を合わせましょう~! セイ!」
 矢羽柄の袴を身に着け、すらりと伸びた長身。大人びた顔立ちの彼女が、軽快に肩を揺らす。その度に一つにまとめた長い赤髪が、跳ねるように揺れる。
 そして彼女は、わずかに床から浮いている。
 彼女の名前はテンコ。この学校の七不思議を司る幽霊だ。
 ――欠番を埋めるのに、ちょうどいい魂がなかったから。
 そんな適当な理由で、先月の夜、学校に携帯を取りに来た俺は“三年B組中崎くん(仮)”として、生きているにもかかわらず、七不思議として登録され、高校最後の一年間を過ごすことになった。
 心配性を通り越して、心配病と言われる程の俺でも、こんなアクシデントまでは心配できなかった。
 七不思議になったことで、ちょっとした事件に首を突っ込んだりしながら、一か月程が経った。その中で、テンコとは打ち解け、時たまこうして放課後、校内の空き教室で花札やトランプで遊ぶ仲にはなったのだが……。
「たくさん揃えた方が勝ち~! チャン!」
 テンコがすべてのトランプを並べ終わった。
「えっと、テンコ。実はな……」
「頑張ってめくりましょ~! ヘイ!」
「二番あんの!?」
「うむ! 一昨日、作ったのじゃ! 今日の『神経衰弱大会』の為にな!」
 テンコがせっかくの大人びた顔を、くしゃくしゃにして笑う。
 俺は意を決して、口を開く。
「悪いけど、それキャンセルしてくれ」
 体を揺らしていたテンコがピタリと動きを止める。笑顔も一切の動きを失い、制止する。
「世界史の追試テスト受けることになってさ。これ受けないと、明日からの連休が補講で潰れちゃうんだよ」
 クラスメイトの中には「補講も受験の為にもなるし」と、あえて連休中に補講を受ける生徒もいるらしい。しかし、俺にはそんな考えはできない。
「いやーだから『神経衰弱大会』はさ、中止、いや延期ってことに……」
「わしは今日の為に『神経衰弱の歌』まで作ったのだぞ」
「うん……」
「この歌は十二番まであるのだぞ」
「それは作りすぎだろ」
「勝敗表もほれ、百回戦分までつくったのだ」
「それも作りすぎだろ」
「……にもかかわらず、延期? ……嫌に決まっとろうが!」
 テンコは着物の袖をばっさばっさと振り始めた。
「だから悪かったって! 五時に教室戻るまでならできるけど……」
「五時ぃ? あと三十分しかないではないか! 一回やれば終わりじゃ! お主よ、それで大会と言えるのか!」
 テンコに言われて時計を見る。確かに長い針がほぼ真下を指している。
 追試を担当する木内は、時間に厳しい事で有名だ。少しでも遅れたら教室にいれてすらもらえないだろう。
 もし仮にここから教室に向かうまでに、カツアゲにでもあったら、他の先生に呼び止められでもしたら……。と考えると、十分前にはここを出たいものである。
「あーじゃあ、一回だけな。一回だけやろうぜ」
「知らん! もう追試験でも人体実験でも行ってしまえ!」
 テンコは体育座りのポーズで、宙を漂い始めた。
「また今度やろうぜ。連休明けにさ」
 俺は鞄を肩に担いで空き教室を出ようとする。しかし、向きを変えたところで制服の袖を掴まれた。
「なんだよ」
「やっぱ一回だけやる……」
 テンコが口を尖らせたまま言った。

 トランプの前に座り、先行を決める。
 一枚目のカードに手を触れた時、テンコがそれを言葉で制した。
「待て、お主よ。この勝負、お主は一つだけ賭けろ」
「賭ける?」
「もしお主が負けたら、追試が終わるまでここにいろ!」
「はい!?」
 テンコが腕を組んで、偉そうに胸を張る。さっきまで体育座りで漂っていたのが嘘のようだ。
「はっはっは! 邪知暴虐の王様に囚われた友人を見捨てて、妹の結婚式の二次会にもガンガン参加するお主に、制裁を加えてやるぞ!」
「どんなたとえだよ」
「約束を守らぬ者には、天罰が下るということじゃ!」
「勝手なこと言うな! そんな条件なら俺はやらん! 追試行かせてもらうぞ!」
 鞄を持って勢いよく立ち上がる。
「あ! ずるいぞ! それは考えてなかった! えっと、もし逃げるなら……、そうじゃ、あれじゃ! お主の七不思議の力取り上げるぞ!」
「なにぃ!」
 この世に残った魂の欠片達には、人間には理解できない霊現象を起こす力がある。
 ――七不思議の力を貸してやる。
 それが一年間七不思議として籍を置く俺に対して、テンコが提示した見返りだった。
 数日前に首を突っ込んだ事件も、その七不思議の力を借りて、なんとか解決できたのだ。
「先に約束を破ったのはお主じゃ! どうした! この勝負受けるか? 受けないか? 迷っている間にも刻一刻と時間は過ぎてゆくぞ! ほれほれ!」
 時計を見る。そうこう話している間に既に十分が経過している。
「ちくしょう! 勝てばいいんだろ!」
 俺は椅子にどかりと座り直す。
「いざとなれば『十三階段』を使えばいい」俺は心の中で呟く。
『十三階段』とは七不思議の一つである。
 昼に上れば十二段。夜に上ると十三段。
 そんな怪談は有名だが、それは階段に残った霊が、人間の数に対する認識をずらしているのだという。つまりこの力を使えば、強制的に“数え間違えさせる”ことができるのだ。
 その力は特に、トランプにおいては便利この上ない。開いたカードの数を間違えさせる。ペア数をカウントする時に取り分を多く見せる。いくらでもやりようがある。
 ただでさえテンコは神経衰弱が得意ではない。冷静に考えれば、負けるわけがないのだ。
「よし、俺から行くぞ」
 二枚のカードをめくる。最初からペアが揃うはずもなく、もう一度裏返す。
「ふむ、ではわしは、どれをとろうかのー」
「早くしろ! 最初はどれも同じだろ!」
 あせる俺を見つめて、テンコが口角を片方だけ上げた。
「わしは、これとこれじゃ!」
「は!?」
 テンコは先ほど俺が選んだカードと同じカードをめくった。
「なんでこんなこと、……は! まさか!」
「はっはっは! そのまさかじゃ! わしは毎回お主と同じカードをめくるぞ!」
 やられた……!
 テンコが新しいカードをめくらないということは、俺は自分一人で全ての札の情報を集めて、ペアを揃えなければ、ゲームを終わらせることができないということだ。
 テンコの目的は最初から勝つことになどなかった。こいつは最初からこのゲームを長引かせて、俺を追試に遅刻させるつもりだったのだ!
「この野郎……!」
「はっはっは! わしはルールの上で神経衰弱をしているだけじゃ!」
 俺は溢れてくる言いたいことを、歯を食いしばって食い止め、どかりと椅子に座り直す。
「時間内に揃えりゃいいんだろ!」
 俺はカードをめくる。合わない。
 テンコがわざと勿体つけながら、同じカードをめくり返す。それを俺は無力感と共にただ見つめている。
 何度かやりとりを繰り返すが、焦りが記憶を曇らせ、一向にペアが揃わない。
「はっ……! お主よ!」
「なんだよ」
「お主が追試に遅れるという事は、連休も学校に補講にくるということよな?」
「……そうだけど?」
「やった! 休み中もお主と遊べるわけだな!」
「お前ほんと勝手な!」
 連休中に遊んでいる姿を想像してか、テンコがだらしなくにやけた。
「なにをしようか! そうじゃ、あれやろうぞ! 影踏み」
「お前幽霊だから影ないけどな。ほら、お前の番だぞ! 早くめくれ!」
「いやーわくわくするのぉ……」
 こうなったら……。俺がそう思った矢先だった。
「あ」
「あ」
 いくつかの偶然が重なり、俺も思わず驚きの声を上げる。
 テンコは話が逸れたことで、俺がまだ開いていないカードを間違えてめくってしまった。しかも、そのカードが、見事にペアになったのである。
「うおー! 揃った!」
 テンコは二枚のカードを高く掲げて叫んだ。
「おお。わしの隠れた神経衰弱の才能が目覚め始めているというのか……」
 テンコがわなわなと震えだす。
「神経衰弱選手になろうかな……」
「あるのか? そんなの」
「あ! これもっかい、わしが引けるのじゃよな!」
「え? まぁ、そうだけど」
「えーと……これと、これじゃ! あー! くそう!」
 テンコはカードをめくる度に体を跳ねさせて悔しがる。
「ほれ、お主の番じゃ! 早く引けい!」
 次はどの札をめくろうかと、テンコはわくわくしながら並べられたトランプに視線を向けている。
「いやいや、待て待て。お前さ、当初の目的忘れてないか?」
「目的? はて、なんだったかの? ……あ、そうか! わしは五時まで時間稼ぎをするのが目的だったのだった!」
「うん。そうだったろ。見てみ、時計」
「むむ! もう既に五時になっておるではないか!」
 テンコは時計を見てから、急にしおらしくなって言った。
「……いやー……なんかすまんの」
「え?」
「わしも少々怒りすぎたかもしれん。そうじゃ。今からでも謝れば、追試受けられるのではないか?」
「……そうかもな。ダメ元で土下座でもしてみるわ」
「うむ。そうしろそうしろ」
 テンコは申し訳なさそうに頭をかきながら、追い払うように手を揺らした。
 
 俺は廊下に出てから、制服のポケットから携帯を取り出す。
 画面には16:50と数字が表示された。
 時間を“数え間違えた”事に気づかず、テンコが一人でカードをめくっては一喜一憂している。
「勝手というか、気ままというか……」
 俺の何倍も生きてきたはずの幽霊だが、まるで子供のように気分が変わり、目の前の事にすぐに夢中になる。そんな彼女の自由な態度は、心配性の俺には時々新鮮に映る。
「……まぁ、いいか。補講も受験の為になるし」
 俺は体の向きを変え、テンコの元に戻る。
「なんじゃ。行かんのか追試」
「やっぱいいわ。てか俺もやりたいし、神経衰弱」
「はっは! そうかそうか!」
 周りの空気を煌めかせる程の勢いで、テンコの顔が笑顔に染まった。
 なぜかは分からないが、俺も心地がよかった。


<おわり>