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  1.こんにちは、僕の運命



 我が校には、運命力学に従って、転校生が毎週月曜日にやってくる。

 転校生は、体育館の壇上に立って予言を言い渡す。

 その予言は運命力学が指すところの運命の告白であり――よって転校生の予言は、いままで外れたことがない。

 抗っても無駄。運命は変えることができない。

 なのに、大抵の当事者たちは、予言が告げられるとヒステリックに騒ぎ立てて、運命への抵抗を見せようとするのだ。

 非常にみっともないったらありゃしない。


          ◇


 今年度に入って二人の転校生がやって来た。

 つまり、二回の予言がなされ、その二回とも当たり前のように実現している。


 四月三日の転校生はこう言った。

『斉藤先生(国語教師)の頭髪は、近日中に消失します』


 この予言を体育館で聞いていた斉藤先生は、とりあえず激怒した。そして、十分に危険が迫った、のっぴきならないおでこをてからせて、真っ青な顔をすると、その後の授業を放りだして、育毛剤の購入に走った。

 それから数日のあいだ、斉藤先生は毛根マッサージのついでに授業に臨んだ。休憩時間になるとお手洗いに駆け込み、鏡の前で育毛剤をふりかけながら、愛娘よりも大切な自分の頭髪の無事を祈った。

 しかし、運命は残酷だった。

 育毛剤の使いすぎによる毛根への物理的ダメージと、突きつけられた運命に対する精神的ストレスによって、斉藤先生の頭はあっというまに禿げ上がった。


 次に、四月一〇日の転校生はこう言った。

『三年一組のAくんとBくんは、近く恋人関係となります』


 勿論、AくんもBくんもノーマルな男性であり、その手の趣味はない。二人は当たり前のように抵抗した。

 だが、運命を予告されてしまったがために、周囲は二人を色メガネで見るようになる。嘲る者、嫌がらせをする者、一部の腐敗した女子の好色な視線が、二人に襲いかかった。

 AくんとBくんは次第に追い詰められた。全寮制であるこの学校で、二人が安らかに過ごせる場所はどこにもなかった。

 ノイローゼになりかけた二人であったが、その窮地を救ったのが、紛れもないお互いの交流だった。同じ苦労を味わう者同士、お互いの苦しみを熟知し、お互いの癒しになり得たのだ。

 AくんとBくんは数々の困難を共に乗り越えて、友情以上の感情を育んだのである。

 彼らは校内でも指折りの名カップルになった。いまではとても幸せそうである。

 まぁ、こんな感じで、運命に逆らうことがいかに徒労か分かって貰えただろう。

 僕たちは人間であり、重力に逆らって空を飛べない。

 これと同様に、運命に逆らっても、決められた結論からは逃げられないのである。


          ◇


 さて、本日は四月一七日。月曜日。

 転校生がやってくる日である。

 朝のホームルームが終わり、一限目が始まる前。恒例行事として全校生徒が巨大な体育館に集合する。転校生を迎える集会が、そこで執り行われるからだ。

 この集会は、祝日関係なく毎週月曜日にあり、転校生の予言を聞くことを目的としている。

 僕も例に漏れず、出席番号順にならんでだだっ広い体育館にやってくると、大衆の中に収まった。二年生なので場所は体育館の中央辺りになる。

 すぐに体育館の壇上に、校長先生が姿を現す。校長先生は聞くに堪えない話を三分だけ話すと、義務を果たしたと言わんばかりの誇らしい顔で、壇上から去って行った。

 次に続くのは生徒会長の挨拶。

 これは校長先生よりも幾分かマシである。

 なぜならば、現生徒会長は三年一組の五十嵐優美センパイ。

 性格と顔立ちはキツく、やたらめったらプライドが高い貴女であるが、なにぶん美人であることに疑いはない。腰まで伸ばしたストレートの金髪が揺れるたび、M属性の男子は思わずため息を吐いてしまうほどの美貌を持っている。それと、おっぱいが程良く大きいのが僕の好きなポイントだ。

 話はお経のようにつまらなくても、美人を目にできるのだから、まぁ、退屈だけはしなかった。

 五十嵐センパイは、自分の権威を誇示する、上から目線の発言を一通り終えると、

「では、続いて――」

 と話を本題に切り替えた。

 皆の緊張がひっそりと高まる。体育館の中が凍り付いたように鎮まった。

 これから起こることは、もしかすると自分に関係があるかもしれない。校長先生や生徒会長の与太話とは訳が違うのだ。

「今週の転校生の紹介です」

 五十嵐センパイが厳かに述べ、「壇上へどうぞ」と袖幕に声をかけた。

 ほとんど同時に、袖幕からひとりの女子生徒が現れた。女子生徒は、一三〇〇〇個の瞳が突き刺さるなか、毅然と壇上の中央まで歩んだ。五十嵐センパイの隣に並ぶ。

 今回の転校生は小柄な子だった。

 上背のある五十嵐センパイと比較すると、とても同じ高校生には見えない。歳の離れた姉妹のようだ。

 落ち着いた色の頭髪は、左側の高い位置で結われ、馬の尻尾のようにゆらゆらしている。瞳は、くりっと丸くて可愛らしい。そして、スカートから伸びる華奢な太股がとてもいい。思わず頬ずりしたくなる。

「転校生の四一七(よんいちなな)さんです」

 と五十嵐センパイは言った。

 それに伴って転校生がぺこりとお辞儀した。

 転校生の名前は、転校してきた日によって表される。今日は四月一七日なので、『四一七』というわけだ。これは運命力学に則ったことであり、疑念の余地はない。

「では、四一七さんに自己紹介と予言をしていただきます」

 五十嵐センパイは転校生四一七と場所を交代する。

 マイクの前に立った四一七は、もう一度深いお辞儀をした。サイドテールが前に倒れて、ぶらぶらと揺れた。

「あー、あー、どうも、おはようございます」

 壇上のマイクスタンドを自分の高さに直した四一七は、平坦な調子で話し始める。

「本日から一年一組でお世話になります四一七です。よろしくお願いします。早速ですが、予言を話したいと思います」

 簡潔すぎる自己紹介。

 今週の転校生は実にクールな少女だった。あまり情緒的な人ではなさそうである。

 予言についてはもう少し先だと思っていた全ての人間が、一斉に息を呑んで構えた。

 巨大な体育館の全てが、次の言葉を待つ。

 そして、四一七はおもむろに話を切り出す。


「――今月の末日に、生徒会長の座についているのは、二年三組の皐月純くんです」


 僕の前に並んでいたクラスメイトが、思わず振り返って僕のことを見た。

 それから、僕の顔と名前を知る人達が、次から次へと、僕の姿を探しだして驚愕の表情を作り上げる。

 僕は一瞬、なんのことか理解に及ばなかったが、周囲の反応に遅れて理解が追いつく。

 どうやら自分のことを言われているようだった。

「…………僕が生徒会長?」

 口に出して呟き、咀嚼して、吟味しても、実感だけは湧いてこない。

 あまりにも突拍子がなく、現実味を帯びていない。

 生徒会長といえば、全校生徒六〇〇〇人を束ねる生徒の長だ。数々の権限と独自の政策が許されており、学校を思いのままに支配することができるだろう。だが、もちろん民主主義によって決められる存在なので、危ない人間は当選することはできない。それに、リコール制度もあるし、次の選挙もあるので生徒の支持は常に必要ではある。

 しかし、そういうことを差っ引いても、生徒会長が強権を持っていることに違いはない。

 それが僕の掌中に転がり込もうとしているのだ。

 今回ばかりは、さすがに外れるのではないかと疑ってしまうほど、絵空事な予言だった。


「そんなことありえませんわっ」


 突然、ヒステリックな声が上がる。発言の主は五十嵐センパイだった。

 皆の注意は、再び壇上へと引き戻された。

 大抵、予言がなされたあとにヒステリーを起こすのは予言で名前を呼ばれた本人である。しかし、今回は少し違う。内容の規模が大きかった。

 教師が禿げたり、恋愛絡みの小事ではなく。学校の運営に関わるだろう一大事である。

 よって、名前を出された僕以外にも、副次的に多くの利害関係者が現れてしまったようだ。

 その最たるは、壇上で取り乱している五十嵐センパイだろう。

「わたくしは先月に、正式な選挙戦を勝ち抜いて生徒会長に選任されました!」

 五十嵐センパイは自慢の胸に手を当て、自らの正当性を必死に 訴える。

「生徒会選挙は九月と三月の二回のみですの。いまは四月なのに、どうしてどこの馬の骨とも知れぬ輩が、あと二週間で生徒会長になれるというのですか!?」

「私に聞かないでくださいよ……」

 五十嵐センパイに詰め寄られた四一七は、冷めた目つきで答えた。

 しかし、頭に血が昇った現生徒会長は止まらない。

「嘘ですっ。どう考えても、そんなことはありません! 今回の予言は外れですわ。というか、あなた本当に転校生なのですか? わたくしに嫉妬して、転校生を偽って嘘の予言をしたんじゃないんですか?」

「なんで私がそんなことしないといけないんですか……」

 酷い言いがかりをつけられた四一七は、嘆息を混じらせた。

「とにかく。たとえあなたが本当の転校生であったとしても、あなたの予言は絶対に当たりません。よろしいですね!?」

「はぁ、そうなんですか」

「なんですかその態度は!」

「うるさい人ですね…………私、やることやったんで、これで失礼します」

 終始クールに収めた四一七は、ぺこりと全体に向かって頭を下げると、規則正しい歩調で壇上から去って行った。

 その背中に向かって五十嵐センパイは、

「お、覚えてなさい!」

 と怒鳴り散らした。

 ただの八つ当たりであり、負け犬の遠吠えだった。

 まぁ、何はともあれ。

 一番の当事者たる僕が、あんまり注目されることなく、四月一七日の予言はいつも以上に波乱を残して幕を閉じた。


          ◇


 教室に戻った僕は、クラスメイトにひとしきり弄られたあと、一限目の授業が始まりやっと平穏を得た。

 授業は現代国語。担当は斉藤先生である。

 すべての頭髪をなくした斉藤先生は、天然のスキンヘッドを光らせて、朝から眩しい授業を展開している。

 哀れ斉藤先生と思うかもしれない。

 だが、斉藤先生はすでに開き直っていた。むしろ、頭のことを自虐ネタにあげるようになってから、人気はうなぎのぼりだった。廊下を歩いているだけで女子生徒に話しかけられるようになり、頭髪が存在していた頃よりもたいそう幸せそうに見える。このエロオヤジめ。

 やたら活気のある一限目の授業を尻目に、僕は前の席に座る友人――北上聡士と、悦に浸っていた。

「ははは、よく分からんが僕は生徒会長になれるらしい」

「うむ。めでたいな。純が学校のトップになる日が来ようとは」

 聡士はメガネのフレームを中指で押し上げながら爽やかに微笑んでみせた。

 この友人だけは、嫉妬することなく素直に僕の幸運を喜んでくれる。顔も広いし、成績もいいし、機転も利く。僕よりも背が高くて女子にモテるところだけは欠点だが、それを差し引いても、唯一無二の親友といって差し支えないだろう。

「なぁ、聡士」

 僕は頼りになる友人に相談をする。

「生徒会長って権力の塊だよな?」

「うむ。学校最高の権力者といっても過言ではないだろう。その席に座れば、学校を手に入れたのも同じだ」

「だよな。ってことはさ――」

 と僕は声を潜め、

「酒池肉林も夢じゃない?」

「ふふふ、すぐ目の前に広がってるさ」

 聡士は口の端を吊り上げて、にやりと笑った。

 つられて僕の顔もほころぶ。

 学校中の可愛い子を集め、メイド服を着せて、たっぷりとご奉仕してもらう――想像だけでもよだれが垂れる。

「そっかそっか。いやあ、どうしようかな~」

 もう生徒会長になった気分で、言いしれぬ幸福感の中を漂っていると、今度は聡士が声を潜めて、

「おい純。分かってるだろ?」

「ははは、任せとけよ」

 僕は親友の肩をばしばしと叩いて気前よく言った。

「僕が生徒会長になったら――聡士、おまえは副会長だ」

「さすが俺の親友! 俺は、純のためなら身を粉にして働こうじゃないか!」

「ありがとう聡士!」

「礼には及ばないさ、純よ」

「学校のすべての可愛い子は」

「俺たちのものだ」

 僕と聡士は堅い友情をさらに強固にするため握手を交わした。

 後の歴史に語り継がれるだろう『現国の誓い』はこうして果たされたのだ。運命と親友に味方され、怖いものなしである。僕の行く手を阻む者は誰もいないだろう。

 と、そのとき、教室のドアが乱暴に開かれ、

「二年三組。皐月純はどこだ!?」

 屈強な男達が、どかどかと教室になだれ込んで来た。

 学校の指定服がブレザーにもかかわらず、応援団のように学生服を着込んだ彼らは、誰もが知る風紀委員会である。風紀委員が率先して校則を守っていないのに誰も突っ込まないのは、風紀委員会がそれだけの力を持っている証拠だった。

「皐月純。皐月純はおらんのか!」

 授業中にもかかわらず堂々と授業妨害した彼らは、僕の名前を声高らかに呼ぶ。

 明らかに関わりたくない連中だ。

 僕はなんとかやり過ごせないものかと思い、名乗り出なかった。

「皐月くんならあそこだよ?」

 それなのに、現国の斉藤先生があっさりと僕の存在を暴露する。

 禿げてしまえと先生のことを呪ったが、かの人はすでに坊主だった。

 無意味な呪詛は空回りをし、人を呪った罰と言わんばかりに、屈強な男達が僕の前にやってくる。

 彼らは、腕に付けた腕章を誇らしげにアピールし、

「我々は『風紀委員・実力部隊・鋼鉄の掟』である。五十嵐会長の命により貴様を拘束する」

 と耳を疑いたくなるようなことを言ってのけた。

「はぁ? 僕はなにも悪いことしてないぞ?」

「ほう、しらばくれるとはいい度胸! これを見ても同じことが言えるのか!?」

 風紀委員はビニール袋を僕の眼前に突きつけた。

 袋の中にはパンツが入っていた。それも女性用のパンツ――世間一般的にいうショーツというやつである。

 女の子のパンツに一瞬どきっとしたものの、本当に見覚えのなかった僕は首を傾げることしかできなかった。

 こちらの反応の薄さに、風紀委員の顔が曇る。

「これを見てまだ知らぬ存ぜぬを通すか!?」

「いや、だって、実際、知らんし」

「いくら言い逃れをしようと無駄であるぞっ。このパンツはつい今し方、貴様の寮生室から発見されたものである」

「はぁっ!? ちょっと待てよ。僕の部屋に勝手に入ったのか? いくら風紀委員でもそれは――」

「これが令状である」

 パンツの次に突きつけられたのは一枚の紙きれ。五十嵐センパイの判子が突いてある。家宅捜査に対する許可書だった。この学校では、校長又は生徒会長の許可があれば、個人の寮部屋への家宅捜査が許される。校長ならまだしも生徒にそんな権限があるなんてやりすぎだ。

 僕は唖然とした。

 対する風紀委員は、事の次第を朗々と述べる。

「このパンツは、なにを隠そう五十嵐会長の御物である。会長は、先日パンツの盗難に遭ったと、今日になって被害届を提出された。しかも、犯人の目星もついているということ。我々は、会長の指示通りに貴様の部屋を捜索したところ、このパンツを発見したのだ」

「どう考えても生徒会長の自作自演じゃないか!」

「うるさい黙れ、言い訳は聞きたくない! 全ては美人のいうことが真実である!」

 風紀委員は一喝した。

 こいつらが風紀委員である限り、学校の風紀は乱れ放題だと思った。僕が生徒会長になった暁には、ただちに人員の入れ替えをしようと決意する。

 しかし、今は悠長に未来を見据えている状況ではない。なんとかこの状況を打破しなければ…………と思うが、なにせこいつらには理屈が通じそうにない。説得の糸口が掴めなかった。

「とにかく僕は無実だ」

「なるほど、あくまで白を切り通そうというわけか」

 テコでも罪を認めない姿勢を貫く僕に対して、風紀委員は不意に重苦しく息を吐いた。何事かと身構える僕を見やりつつ、腕を組んでしばし黙考。そして、

「貴様は五十嵐会長の生パンツが欲しいと思ったことはないのか? ちなみに俺はいつも思っているぞ」

 突然そんな質問をしてきた。

 僕は一時考える。そりゃ、五十嵐センパイは美人である。彼女のパンツが欲しいと思ったことは何度かある。

 だけど、盗もうと思ったことなんて一度もないとはいえないけど、実行したことは、本当に一度だってない。思春期の男子は、みんな悶々としながら己と戦っているのだ。

 そんな想いが滲み出し、

「な…………くはないけど…………」

 そう言葉を濁したのが間違いだった。

 風紀委員は制服の内ポケットからICレコーダーを取り出してスイッチを切る。

「よし、録音完了。黒、確定。連行しろ!」

 僕は屈強な男達に両脇を挟まれて、無理やり席を立たされる。

「あ、このっ、謀ったな! ちょ、ちょっと待て……やめろ、放せ。証拠不十分だろ」

「詳しい話は、尋問の際に述べるがいい」

「横暴だっ。これは権力の暴走だ! 生徒会長であっても許されることじゃないぞ!」

「静かにしろ。今は授業中であるぞ」

 足を床に付けることができず、そのまま廊下へ連れ出されようとする。

 僕は一縷の望みを宿して、誓いを立てた友人に手を伸ばした。救いの手を求める。

「さ、聡士っ」

「…………」

 しかし、聡士は目を合わせてくれなかった。対岸の火事のように興味のないふりをしていやがった。僕は親友に見捨てられたようだ。

「あ、こら、他人のフリするな! 誓いはどうした!?」

「これ以上、無駄な抵抗をするんじゃない」

 無茶苦茶に暴れて、色んな不条理を訴えたが、けっきょく誰にも受け止めて貰えないまま、僕は連行された。


          ◇


 僕は風紀委員会専用の建物までしょっ引かれ、建物の地下にある独房へと放り込まれた。

 独房の中は薄暗く、じめじめして、底知れぬ恐怖が隣に座っていた。

「これは陰謀だ! 僕は生徒会長に嵌められたんだ!」

 僕は鉄格子を握って、力の限り叫んだ。

 しかし、暗闇と静寂に吸い込まれたように、叫びは虚しく地下を反響するばかり。

 近くに人の気配は感じられない。完全に孤立無援に陥ってしまったようだ。

 僕は寂しさのあまり、膝を抱えて丸くなった。

 っていうか、こんなことで僕は本当に生徒会長になれるのだろうか?

 早くも雲行きが怪しくなってきた。

 今まで善行でも悪行でも目立つことのなかった自分。それが今日の予言によって、一躍有名人になった。そして、バラ色の高校生活が待っているはずだった。なのに、あらぬ疑いをかけられ一転。今では囚われの身である。

 仮にここから逃亡できたとしても、パンツを盗んだ変態野郎として、僕は周囲から排斥されてしまうだろう。僕が近づいただけで、女子は目を背けて逃げていく。すると、女子とあんなことやこんなこともできなくなる……。

 ああ、なんてこった。

 運命とはなんと残酷なのかと思う。

 僕には目の前に立ちはだかるこの障害は乗り越えられない。

 そんな気がした。

 このまま貝になりたいと思った矢先。

「あら、殊勝な態度ですこと」

 不意に声をかけられ、僕は顔を上げる。

 鉄格子を挟んで、生徒会長の五十嵐センパイが立っていた。他の人の姿はない。

「わたくしのパンツを盗んだ皐月純で間違いないわね?」

「僕はやってない」

「ええ、分かっていますわ」

 五十嵐センパイは嘲笑しつつそう答えた。

「やっぱりあんたの企みか!」

 僕はバネのように跳び上がり五十嵐センパイに詰め寄ろうとするが、鉄格子が邪魔でそれより先に行けない。悔しさのあまり歯をむき出して威嚇する。

「あらあら、少し落ち着いてくれないかしら」

 呆れたようにわざとらしく嘆息する五十嵐センパイ。余裕綽々の態度である。まさに高みの見物といったところだろう。

 こっちの気はより一層逆立つ。

「あんたは生徒会長の座に相応しくない!」

 僕の発した一言が、五十嵐センパイの表情を壊した。

 瞬く間に不機嫌づらになる五十嵐センパイ。形のよい眉がやや吊り上がり、

「五月になったら釈放してさし上げます。もちろん、生徒会による正式な謝罪つきで」

 と、そんな提案を述べてきた。

 てっきり罵声でもぶつけられるのではと身構えていた僕は呆気にとられるが、すぐに彼女の目論見に気づいた。

「なるほど。僕を四月末まで拘束しておくつもりなのか」

 転校生の予言では、この僕が四月末までに生徒会長に就任するという話だった。つまり、四月末までに生徒会長にならなければ予言は外れるということだ。ゆえに、それまでのあいだ閉じ込めておけば、僕は生徒会長になりようがない。自分の権力は守られる。そういう腹積もりなのだろう。

「ええ、その通りですわ」

 あっさりと肯定した五十嵐センパイは、悪びれるようすも見せなかった。

 この人は権力への執着が相当ありそうだ。もしかすると先月の生徒会選挙でも、対立候補へのあくどい妨害工作を仕掛けたのかもしれない。

 そういえば敵対陣営のスタッフが、選挙期間中、次々とパンツ泥棒の不祥事を起こしていた。いまから思えば、五十嵐センパイの策略だったのかもしれない。

 綺麗な花には棘があるとは、まさにこのことだろう。

「だが、そんな提案に素直に従う理由はない」

 僕は憤然たる態度でそう言い切った。

「あらあら、自分の立場がわかっていないのですわね」

「僕には皐月四天王という優秀な部下がいる。もうすぐ助けがやってくるだろう」

 見え透いた虚勢を張ってみた。

「皐月純。あなたのことは大方調べてあります。あなた、あんまり性格がよろしくないようですわね」

「あんたに言われたくない」

「四人も友人はいないでしょう?」

「…………」

 痛いところを突かれ、胸の内側が疼いた。

 いや、べつに友人が少ないのは僕の性格の問題ではない。どこの部活にも入っておらず、委員会にも所属せず、放課後と休日は自室でネットとゲームをしているから、交友関係が広がらないだけであって、作ろうと思えばいくらでも友達を作ることができる。

 そこら辺を勘違いしてもらっては困る。

 精神的優位に立ったと勘違いした五十嵐センパイは、再び勝ち誇ったような表情で、

「わたくしも鬼ではありませんわ。あなたにだってメリットが必要でしょう」

「……メリットだと?」

「ふふふ――生徒会の書記補佐の役職なら用意できますの。他の高校と違って、我が校の書記補佐は重職ですわ。書記補佐の補佐が五人就きます。お好きな人選にして頂いて結構です」

「……ふむ」

 可愛い子が五人自由に選べるということか…………最低の提案だが悪くない。

 だが、すぐには首を振らない。より多くを引き出させようとする。

「もちろん。生徒会に所属したのですから、学生寮も生徒会御用達の専用住居に移れますの。一部屋一〇〇㎡。内線ワンコールで、数々のルームサービスが受けられます」

「……そうかそうか」

「学食でも専用の個室が用意され、最高のスタッフによる贅沢な一品を楽しむことだってできますの」

「……なるほど」

「なんならわたくしのパンツだって差し上げますわ」

「!」

 欲望のおもむくままに首を縦に振りそうになって、寸前のところで堪える。僕は内心の動揺を隠しながら、重々しく言う。

「……この痴女め。権力の為なら、己のパンツとて厭わないというのか」

「ええ、まったくその通りですわ」

 五十嵐センパイは涼しげに微笑み――次の瞬間、自分の太股をなぞるように、両手を下からスカートの中に入れた。

 五十嵐センパイの両手は腰の辺りまで上がり、スカートの内側に隠されたブツをそっと掴む。それを、するっと足首まで下ろした。

 生パンツが現れた。

 五十嵐センパイは、右足、左足の順番で、パンツの穴から自分の足を焦らすようにゆっくりと抜いた。

「お……おおっ……」

 僕は興奮した。姿勢を低くして、スカートの中身が見えないものかと頑張ったが、思うように見えない。草原が見えない。

「ほら、パンツですわよ?」

 五十嵐センパイは人差し指と親指でパンツを掴み、僕の目の前でゆらゆらさせる。

 僕は鉄格子の隙間から手を伸ばして、ほかほかの生パンツを掴み取ろうとした。

 しかし、寸前のところでパンツは奥に引っ込んでしまう。ギリギリ掴みそこなった。

「なにをするんだ早くよこせ!」

「つまり、要求を呑んでくださると?」

「まずはパンツだ! それとスカートの中身、ちょっとだけ見せてください!」

 僕はお願いすると同時に身を屈めた。

「ひやっ……」

 驚いた五十嵐センパイはとっさに後ろに跳んだ。スカートが空気を含んで舞い上がるが――惜しい。ぎりぎり中身が見えなかった。

「まあっ、なんて方ですか……そこまでわたくしの下半身にご執心なのですか。でしたら、もう一度言いますわ。このパンツのため、要求を呑んでくださいますか?」

「パンツは貰っておこう。ただし、生徒会長になるのはこの僕だ」

 ここまで引っぱっておきながら、それでも僕は相手の提案を呑まなかった。

 生徒会長になれたらそれ以上の甘い汁を吸えるのだ。より高みを目指せるのに、書記補佐程度で満足するはずがなかろう。僕を馬鹿にするな。いいからパンツ。

「なるほど……話の分からない猿ですこと。やはり、自分の立場が分かってないようですわね」

 五十嵐センパイはパンツを握り締め、その拳がわなわなと震える。

 美しい笑顔の下に怒りが見て取れた。業火のようにめらめらと燃えさかっている。相当お怒りのご様子だった。

 だがしかし、彼女の横暴な振る舞いに、僕は端っから怒り心頭しているのだ。

「ふん、笑わせるな。自分こそ身の程を知れ。そして僕にひれ伏すがいい。運命は僕の味方だ。それ以上のなにが必要だというんだ?」

「っ…………」

 転校生の予言を持ち出すと、さすがの五十嵐センパイも声を詰まらせる。

 今まで外れたことがないという転校生の予言。それを覆すことが果たして可能なのか、五十嵐センパイも半信半疑なのだろう。ゆえに、いとも容易く精神が揺らぐのだ。

 そして、裏を返せば、それは僕の心の旗印となっている。

「さあ、生徒会長。今のうちに降伏したほうが賢明じゃないのか? 今なら、そうだな――――書記補佐の地位ならくれてやってもいいぞ?」

「ふ、ふざけないで!」

 ついに五十嵐センパイは、なりふり構わず怒りを露わにした。唾を容赦なく飛ばし、

「転校生の予言がなんだって言うのですか! わたくしは絶対に、今の地位を死守しますわ! どんな手を使ってでも!」

「それは楽しみだ。あんた如きにできるものならやってみな!」

「何者でもない一般生徒の分際で、なにを偉そうなことを!」

「それは昨日までの自分だ。僕はなんの努力もなく運命に好かれたんだよ。ざまあみろ!」

「小癪なっ………………もういいですわっ」

 これ以上話しても無駄だと悟ったのだろう。

 五十嵐センパイはパンツを握ったまま、肩で息をして去って行く。

 と、僕の視界から消えるまえ、

「あなたも覚悟なさいっ!」

 五十嵐センパイは隣の独房に向かって、そんな八つ当たりめいた言葉を吐き捨てた。それから、大股でずんずんと立ち去った。けっきょくパンツは貰えなかった。