朝チュンである。
鋭い角度から差し込む日光を浴びて、僕は目を覚ます。
やけに近い小鳥のさえずりが耳に入り、日課の二度寝を阻害する。
寝心地は最悪だった。からだのあちこちが痛い。
僕は寝惚け眼をこすって寝袋から這い出る。そこでやっと自分が林の中で寝ていたことを思いだした。
広大な我が校の敷地下にある原生林の一角。人間よりも長生きな木々が鬱蒼と茂るただ中で、僕とシイナは一夜を過ごした。
「あ、どうも。おはようございます」
からだを伸ばしている後ろからシイナの声が聞こえて来る。
僕は振り返って彼女の姿を確認すると、シイナはすでに身支度を整えていた。だけど、慣れない寝袋での一泊だったので、前髪があらぬ方向にはねている。鏡がないので本人は寝癖に気づいてなさそうだ。
「早いね」
「もちろんですよ。純くんよりも早く起きないと、えっちないたずらをされちゃいますから」
「やらないって。たぶん」
「たぶん?」
「……匂いくらいは嗅ぐかもしれないけど」
「サイテーですね」
起き抜けから可愛い後輩に冷たい眼差しをむけられ、ぞくっと寒気がした。おかげで目が冴えた。
とりあえず僕も制服に着替えて、寝袋を片付けていると、苺が少数の会員を引き連れてやってきた。
「皐月さま、天使さま、おはようございます。一晩の非礼をお許しください」
苺と〈運命に従う会〉の会員たちは、うやうやしく一礼をして、朝食の準備に取りかかる。至れり尽くせりとはこのことだろう。
「いいや、助かったよ」
と、僕は本心を告げる。
昨日の放課後から夜にかけて、生徒会による寮生室の一斉点検が行われた。
目的は脱走した僕とシイナを捜すこと。
そのことを事前に察知した苺は、僕とシイナの行方を隠すために、この場所と寝具を急遽用意してくれた。彼女たちのおかげで、生徒会に捕まることなく一晩を安全に過ごすことができたのである。感謝の言葉はいくら並べても足りない。ならば、僕が運命を全うすることによって恩を返すのみである。
「これからどうするんですか?」
小鳥がさえずるなか、〈運命に従う会〉が用意してくれた質素な朝食を食べながら、シイナはふと疑問を口にした。
「状況は不透明だ。五十嵐センパイの出方を見る必要があるだろう」
僕はさも意味ありげに言った。
「まぁ、あたりまえの話ですね」
「そういうシイナはどうするんだ?」
「私ですか――」
シイナは食事の手を止め、少しのあいだ思案するように固まって、
「――とりあえず、追われてる身ですし、行く先もないんで」
「僕と一緒に行動してくれると?」
「……まぁ、そうなりますね。どうせなら勝ち馬に乗った方が得ですし」
「なるほど。案外、キミも合理的なんだね」
「ええ、まぁ、人並みには」
感情の読めない表情でそう言ったシイナは、食事を再開した。
よし、とりあえず一人目の転校生が正式に仲間になったわけだ。
生徒会長への道に一歩近づいた。
僕は次にすべき行動を考える。
「とりあえず、支持者を増やしていかないといけないね」
「はい。その通りだと思います」
傍らで控えていた苺が同意した。そのあと、忠誠心を見せつけるように、
「我々にできることがあれば何なりとお申し付けください」
と敬虔に付け足した。
僕は心強さを感じ、ふと、ある案を思いつく。
「苺ちゃん。先月の選挙覚えてる?」
「……は、はい」
苺は若干自信がなさそうに答えた。もしかすると、政治とかに興味がないタイプかもしれない。
「生徒会長の座を争って、五十嵐センパイと接戦を繰り広げた三年生がいたよね?」
「ああ、はい。確かにいました」
ぽんっと手を打ち鳴らし、納得顔を苺は見せる。
「彼とコンタクトを取って協力を仰げないかな?」
「はい。話を持ちかけることは可能だと思いますが、我々に高度なネゴシエーションは……ちょっと……そのう……」
これまた自信を失う苺。
その後ろに控える会員たちも居心地が悪そうにそわそわしている。
どうやら〈運命に従う会〉は、内気な人間の集まりのようだ。運命に抗うのではなく、従属することを選んだ者たち――――ネーミング的にも納得がいく。
そうなるとやっぱり、聡士が捕まっていることは痛手だった。あいつは人付き合いが得意だ。僕とは違って。
「なるほど分かったよ。それなら……手紙を書くから、それを届けてくれないかな?」
「は、はい。そういうお使いならなんなりと!」
僕は用意してもらった紙に、文面を考えながらペンをはしらせる。
そのようすを見たシイナが興味深そうに覗き込んできた。
「なんて書いてるんですか?」
「要約すると、憎き五十嵐センパイを一緒に倒しましょうってな感じ」
「それだけですか?」
「そうだけど?」
「そんなので協力してもらえるんですか?」
シイナに疑いの眼差しを向けられて、しかし、僕は不敵に笑った。
「なんですか……気持ち悪いですね」
「ふふふ――悪知恵だけには自信があるんだよ」
「はぁ?」
ぽかんとして、訳が分からないと言いたげなシイナに向かって、僕は腕を組み、ふんぞり返って言う。
「目的は対立候補を仲間に引き入れることにあらず! 僕が対立候補を仲間にしようとした事実を、あえて五十嵐センパイにバラすのだ。それを知れば、いまの五十嵐センパイなら間違いなく対立候補にいちゃもんつけて逮捕に踏み切るだろう。僕たちにそうしたように」
「まぁ、そうかもしれませんけど」
「ふふふ――――それこそが僕の目的さ。五十嵐センパイが強権を発動すればするほど、生徒の不信は強まるだろう。それはすなわち、僕が生徒会長になった方がマシだと考える生徒が増えるということだ」
「……迂遠な方法ですね」
「あたりまえだ。こう見えて僕は自分のことをよく知っている。僕には人を惹きつける魅力はない。だから、自分の評価を上げるんじゃなくて、相手の評価を落とすことに力を注ぐんだよ」
「人間性のにじみでた戦略でなによりです」
「まあ、そう誉めるな」
高笑いした僕は、天を突くように、朝の清んだ空に向かって指を突きさした。
「さて、ここから反撃開始だ。待ってろよ、五十嵐センパイ!」