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 清城高校七不思議
   『零界の吐息』

 ある日、三人の生徒が肝試しに集まった。
 夜の学校を歩く途中、一人が自分の首に風がかかるのを感じた。
 ――風が吹いたな
 そう言うが、他の二人は気付いていない。
 ――風なんて吹いてないだろ
 ――何馬鹿なこと言ってんだよ。建物の中だぜ
 歩き出すと、また風が彼の首をなでる。
 ――ほらまた!
 他の生徒は気付かない。すると彼の耳元で声がした。
 ――ごめん。多分それ僕の吐息だ。君のすぐ後ろを歩いているから。
 その声を聞いた者は魂を吸い取られ、霊界に連れて行かれてしまうという。

 堀田の携帯を遡っていくと、あいつの動機が掴めてきた。
 堀田は二年の頃、朝倉さんと同じクラスだったらしい。その時期に堀田は彼女とメールをやりとりしていた。朝倉さんとのメールは全て保護して残されていて、それらを読み進めると、堀田はメールの中で何度も朝倉さんをデートに誘い、その度に断られていたことが分かった。朝倉さんのその対応は、やつの曲がったプライドをひどく傷つけたのだろう。そうして堀田は朝倉さんに悟られぬようアドレスを変え、彼女への嫌がらせを始めたのだ。

 翌日以降、俺は堀田にメールを送り続けた。
『おれはミタ。オマエがゲタバコにいれるのを』
『おれはお前がやっていることをスベテ知っている』
 などの文面を日に数通送る。その間も堀田は朝倉さんに嫌がらせを続けていたが、彼の携帯を見ると「最近誰かに俺のアドレス教えたか?」と友人に探りを入れていた。
 俺はさらにメールを送り続けた。
『オレタチはミテイル、いつもミテイル』
『お前がチコクするのを、生徒からカネをウバッテイルノヲ、いつもミテイル』
 アカメの能力で得た情報も時に織り交ぜる。やがて堀田は周りの人間を警戒したのか、一人で行動することが多くなり、ついにはアドレスを替えた。
「さて、そろそろ仕上げじゃな」
 テンコはそう言った。
「俺が直接会う? あいつと?」
「そうじゃ、流石にメールをちまちま送りつけてるだけではなにも変わらんぞ。事実やつは朝倉への嫌がらせをやめてはおらん」
 昼休み、いつもの空き教室でテンコと作戦を立てる。中庭では朝倉さんが食事をしていた。
「そりゃそうだけど、もし喧嘩にでもなったらどうするんだよ。喧嘩なんて俺したことないぞ」
「やってみたら天才的な喧嘩の才能があった。という展開をこの前漫画で見たぞ」
「俺にそんなもんあると思うか?」
 袖をまくって自慢の細腕をテンコに見せる。
「まぁ、それは冗談としてだ」
「冗談なのかよ」
「そんなお前でも、なんとかなるやもしれんぞ」
 テンコは人差し指を黒板に滑らせた。指の軌道の埃がとんで、文字が浮かびあがる。
 『霊界の吐息』そう書かれていた。

 放課後、俺は第二校舎へ向かった。人気のない四階のトイレで堀田がタバコを吸っているのを、アカメを通じて確認していた。
 トイレに足を踏み入れる。タバコと芳香剤とが混ざった匂いがひどく不快だ。
 窓際でタバコを吸っている堀田に声をかける。
「タバコは校則違反だよ」
 振り返った堀田は、俺の格好を見て眉をひそめる。それもそのはずだ。俺は百円ショップで買ってきたウルトラマンのお面をつけているのだから。
「は? 正義の味方ごっこならよそでやれ。消えろ」
「近頃、変なメールが来るでしょ?」
 堀田は体ごとこちらに向き直った。
「まさか、あれてめぇか」
 堀田は煙草を適当に投げ捨てると、こちらに向かってきた。ただでさえ大きな堀田の体が、さらに大きく見える。
「なんのつもりなんだよ! あぁ!?」
 気づいた時にはもう胸ぐらを掴まれていた。
 かかとが持ちあげられて踏ん張りがきかなくなる。
「ふ、ぐっ」
 喉に襟が食い込み、言葉を発せなくなる。『花子さん』と対峙した時よりもリアルな恐怖に足がすくむ。
「なんか言えやこら!」
 ――堀田が近くまできたらこうしてみよ。
 俺はテンコに教わった事を行動に移す。自らのお面を少し上げ、胸元をがっちりつかんでいる堀田の手に向かって肺の中の空気を全て吹きかけた。
「なん……あ?」
 堀田の手から力が抜ける。そのまま堀田は膝から崩れ落ちた。
「し……死んでないよな?」
 目を瞑って横たわる堀田の体を、指でつつく。
「この力は息を吹きかけた相手の意識を奪うだけじゃ。殺すことはない」
 堀田が動かなくなっても鼓動は早いままだった。落ち着こうとする意識が追い付かない。
「息が届く範囲というのはたかがしれておるし、意識を奪えるのはほんの短い時間じゃ。今の勢いでも、五分くらいしか寝かせておけん。だがこれがあれば、とっくみあいになってもボコボコにされることはないであろう」
 俺は浅く呼吸を繰り返す。自分の息が毒かなにかになったような気がして、正直気分はよくなかった。
「で、これからどうする?」
「どうするってなにがじゃ?」
「え? あんた何か狙いがあって堀田の前に出てきたんじゃないのかよ」
「違う違う。七不思議が一つ『霊界の吐息』の力を見せたかっただけじゃ。すごかったじゃろ?」
 テンコは満足気に歯を見せ笑っている。
「俺は何かあんたに作戦でもあるのかと……」
「そんなものないわ! そういうのを考えるのがわしは一番苦手じゃ」
 イライラを拳にのせてぶつけてやろうとも思うが、相手は幽霊なので意味がない。
「わしに頼り切ってどうする。朝倉を助けたいのはお主じゃぞ。わしら七不思議はお主に力を貸すだけじゃ。その力の使い方はお主自身が考えろ」
 突き放した物言いだったが、間違ったことは言っていない。
「その心配ばかりの思考回路を、少しは他の事に使ってみたらどうじゃ」
 気を失った堀田を眺める。いつ目覚めるかも分からない堀田を前に、俺は未だに足がすくんだままだ。
「俺は……ん?」
 堀田の制服のポケットから銀色の物がはみ出している。
「なんじゃそれ?」
「デジカメだ。これで盗撮してたんだ」
 俺はデジカメを眺めながらしばらく立ちすくんだ後、ポケットからペンを取り出して、破ったトイレットペーパーに文字を書き込んだ。
『証拠のカメラ 返してほしければ今夜十二時、お前の教室に来い』
 何か所か筆圧で破れた紙を堀田の上において、俺はトイレを離れた。
「テンコ、あんた言ったよな」
「なにをじゃ?」
「お化けは驚かすのが仕事だって」
「言ったような気がするのお」
「お化けらしくいこう。俺も今は七不思議だしな」
「ふん、いい顔つきになっておるな。ただのお主よ」
「なんだ?」
「堀田が大勢仲間を連れて来たらどうする?」
 俺はあわててトイレに戻って『一人でこい』と書き足した。

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  清城高校七不思議
   『十三階段』

 昼に上ると十二段。夜に上ると十三段。
 そんな階段がこの学校にあると誰かが言った。
 数人の生徒がそれを確かめようと夜中、学校に忍び込んだ。
 噂の階段を生徒が登ると、昼は確かに十二段だった階段が、確かに一つ増えていた。
 ――数え間違いだろ?
 馬鹿にした他の生徒も数えたが、やはり階段は十三段。
 生徒たちは恐怖におのののき、学校から走って抜け出した。
 ――本当に増えてた。本当に階段増えてた。
 ――おかしい。おかしいぞ。
 ――そうだよな。ありえないよな。
 ――そうじゃない。おかしいんだ。
 ――俺ら確かに八人で来たよな?
 ――ああ。
 ――おかしい。何度数えても、七人しかいないぞ

 ――数え間違いだろ?

「約束の時間はまだか? まさか逃げたわけではあるまいな」
 テンコが待ちきれない様子で聞いてくる。さっきも袴の袖をパタパタさせていた。
「さすがに証拠握られてたら、逃げらんないだろ」
 もうすぐ約束の時間だ。今日は月の光も薄く、学校からは何の音もしない。
 そんな中、三年D組の扉が勢いよく開いた。
「来た……!」
 呟くが、俺の声は堀田には聞こえない。俺はアカメの力で、離れた場所から教室を見ているからだ。
「一人で来たの」
「まぁ、堀田だって自分のストーカー行為を周りに知られたくないだろうし、そりゃ一人で来るさ」
 と言っても実際に確認するまで、俺も心配でしょうがなかったが。
「なんにせよ、これで作戦を始められる」
 堀田は眉間に深い皺を刻んだまま、教室の中を歩き回り、あたりをうかがっている。
 俺は大きく息を吸ってから、ゆっくりと吐きだす。「落ち着け。予定通りに」そう自らに言い聞かせる。朝倉さんの顔が一瞬頭をよぎった。
「よし、テンコ。電話だ」
 呪いの携帯の発信ボタンを押す。しばらくしてから堀田の携帯が鳴った。
『てめぇか?』
 アカメの視界のなかで、堀田が携帯を取った。俺は反応を返さない。
『お前なのか! あ? どこにいやがる!』
 恫喝がスピーカーから響く。音が割れて、鼓膜がわずかに痛くなる。
『なんとか言えや!』
 堀田の声がさらに大きくなった。俺は口を開く。
「俺はこの学校の七不思議の一つ。三年X組、匿名希望だ」
『あ? ふざけてんのか!』
「お前さ、幽霊っていると思うか?」
『意味不明なこと言ってんじゃねぇぞ! さっさとカメラ返しやがれ!』
「いるんだよ。いつもお前のことを見ている。生きるに値するか確かめてる」
 堀田は電話しながら教室の中をきょろきょろと見回す。
『いっちゃってんのかてめぇ。いいから出てこいよ』
「分かった。いいよ。窓から下を覗いてごらん」
 俺は目を開いて、アカメからの視界を切る。そして、自らの目で上を見上げた。校舎の一番上。四階の教室から堀田が顔を出した。
「てめぇか!」
 校舎の下にいる俺を見つけて、堀田が叫んだ。お面を被っている俺の顔は、あいつからは見えない。
「やあ」
 俺は最上階の堀田に大きく手を振って見せた。
「そこ動くんじゃねぇぞ!」
 大声で叫んで、堀田は教室に戻った。電話はまだ繋がっており、耳にあてたスピーカーから教室の扉が開く音がした。
「もしもし? 聞こえてるか?」
『逃げんじゃねぇぞ! ぶっ殺してやる!』
 堀田の言葉が時折り途切れる、廊下を全力で走っているのだろう。俺はその場で堀田を待ったまま話しかける。
「『十三階段』ってのを知ってるか? 真夜中に校舎の階段を登ると、一段増えているってやつ」
 堀田からの返事はない。
「あれさ、階段が増えてるんじゃなくって、階段の霊が、人間に数え間違いをさせてるんだそうだ」
『うるせぇんだよ、黙ってやがれ!』
 堀田の声の後ろから、叩きつけるような足音がする。
「しかも、この幽霊。段数に限らず、人間の数の認識を強制的に少しだけずらせるんだ。分かるか? “数え間違う”んだよ」
 階段を下り始めたのか電話から聞こえる足音が、ドラムロールの様に小刻みになる。
「例えば、階数とか」
 足音の調子がまた変わり、教室の扉が開く音がした。その音は電話からでなく、直接俺の耳に届く。
「俺の所には教室突っ切って窓から出るのが最短距離だろうけどさ」
 堀田が机をかき分けて走る。
「そこ、ホントに一階?」
 堀田が窓から飛び出してきた。ただし、二階の窓から。
 あるはずのない地面との距離を見て、堀田は教室に引き返そうとするが、彼の体は既に落下を始めていた。
「う……!」
 悲鳴を上げる間もなく、堀田は植木に、背中から突っ込んだ。
 電話を切って、堀田に近付く。堀田は痛みと驚きに呻きながら、植木の上で仰向けになっている。
「なんだ、なんなんだ、てめぇは……!」
 堀田は必死に言葉を絞り出すが、声に力はない。
「だから言ったろ。幽霊だよ。腐った人間が大嫌いな」
 堀田は立ち上がろうともがくが、体重をかける端から植木の枝が折れ、堀田の体は沈んでいくだけだった。
「は? そんな、ふざ、けんな」
「この学校の七不思議はいつもお前を見ている。生きるに値するか」
 アカメやその他の鳥が、一斉に俺の周りで羽ばたく。何十羽という鳥の羽音は、雷のように耳の中で弾けた。
「もしお前が生きる価値もないほどのクズならば、俺たちはすぐに迎えにいく」
 堀田の頭の上で鈍い摩擦音が鳴る。空中の空間が割れていく。重力を無視して、地面と平行にトイレが現れた。
「なんだ、なんだありゃあ!」
 黒い霧となった花子さんがトイレから飛び出し、俺と堀田の周りを竜巻のように包囲していった。
「はっ……ひっ……」
 彼の声はもう、言葉の体をなしていない。更に俺は堀田に近付く。
「くるな、さわるな!」
「分かったか?」
「ひっ……!」
 堀田の胸ぐらに両手を伸ばし、思い切り掴む。
「最後の一年を呪われて過ごしたくなかったら! 大人しくしておくんだ!」
「あぁあああぁ!」
 俺は堀田の顔面を引き寄せて、息を吹きかけた。
 その途端堀田は白目をむいて気を失った。力が抜けた彼の体は、さっき以上に植木にめり込んだ。
「はっはっはっは!」
 テンコがいきなり上げた大きな笑い声に、俺は肩をびくつかせる。
「見事だ! 見事だ! いいもの見せてもらった!」
 テンコが大きな声で笑いながら、ゆっくりと拍手をしていた。俺は被っていたお面を外し、『花子さん』に戻るように促した。黒い霧は少女の形をとり戻すと、小さく手を振ってからトイレに戻っていった。
「いやー、今すぐ正式に七不思議にしてやりたいほどだ。爽快爽快!」
 上機嫌のテンコを尻目に、大きく息を吐く。俺はその場にへたりこんだ。
「勘弁してくれよ。こんなこと何度も出来るかよ。あーすげーひやひやした。超怖かったー」
 今になって手が震え始めていた。力が入らず、うまく汗を拭うことも出来ない。
「おいおい、七不思議が逆に怖がってどうするのだ」
「うるさい。怖いもんは怖い」
 もし仮に俺がミスしたら、もし仮に堀田が予定通り動かなかったら。何度も何度も失敗するイメージが横切った。
「でもやりとげたではないか」
 テンコは俺の胸に拳を当てた。感触はないが、なぜかそこだけ暖かくなっているように感じた。
「偶然とはいえ、お主を選んでよかったわ。こんなビビりの七不思議、前代未聞じゃがな」
「お前な! 褒めたいのか、馬鹿にしたいのかどっちなんだよ!」
「お前?」
 しまった。あまりにもくだけすぎただろうか。
「お前か! はっはっは! “あんた”などと呼ばれるよりもよっぽど落ち着くな!」
 満足そうに笑うテンコを無視して、体に残った緊張と恐怖を吐き出す為に、俺はもう一度大きく息を吐いた。

   ●

 数日後、堀田は新しい携帯を買ったようだが、そこから朝倉さんにメールは送られていなかった。
 事件が解決したのはなによりなのだが、テンコは退屈になってしまったと、駄々をこねるようになった。そんなテンコの為に今日は花札を持参した。
「自分が助けたと言えばいいではないか、朝倉に。お、こいこいじゃ」
「言うって、どうやってだよ。携帯勝手に見て、気付いて、勝手に世話焼きましたっていうのか?」
 それこそ、もし仮に変態と思われたら! 犯人と勘違いされたら! だ。
「はっは! それもそうじゃな」
 テンコは手札から目を離すと、窓の下を覗き見る。中庭では、今日も朝倉さんが友人と昼食をとっていた。前までグループにいなかった女生徒が二人ほど増えている。
「どうじゃ? 人助けもしてみるもんじゃろ?」
 俺はなんだかよく分らない植物の描かれた札を出し、同じ種類の札を自分の方へと引き寄せる。
「人助けなんて大層なもんじゃないよ」
「素直でないの」
 テンコも札を切る。桜の描かれた華やかな札を取っていった。小さく「わしの札じゃ!」と呟いた。
「まぁ、困ってることを知っちゃった以上はほっとけないだろ。それに……」
 切る札を迷うふりをしながら、言葉を選んでから口にした。
「それに、前までだったら何もできなかったかもな」
「前まで?」
 俺はあえて彼女からは目線を外した。
「心強い味方が憑いているから、できたってことだよ」
 少し褒め過ぎたな。そう思った。案の定テンコは満足そうに腕を組んで笑った。
「あ、タネ。あがりだ」
 テンコの笑い声が途切れる。
「なぬ! くー! またか! たまには大きな役を狙ってみんか!」
 テンコは手札を投げ捨てた。床に散らばった札を俺が拾う。
「お前がそうやって自滅してる所を見てるからな」
「つまらないやつめ! もう一回だ!」
 俺は束ねた札を、もう一度配置し直す。
「そうじゃ、次はなにか賭けてみんか」
「賭けるって何をだよ。俺はお前から何を貰うんだ」
 テンコはニヤリと笑うと一本指を立てた。
「秘密をかけると言うのはどうじゃ?」
「秘密?」
「そうじゃ、勝った方に、負けた方は秘密を一つ打ち明けるのじゃ!」
「いいよ。そんなのやらなくて」
 俺は自分の手札から、最初の札を場に出す。
「わしの秘密、聞きたいとは思わんのか!」
「なんだよ。幽霊一の正直者に、秘密なんてあんのか?」
「嘘と秘密は別じゃろう?」
 テンコはにやりと笑う。
「そう言われると、確かに、気にはなる」
「じゃろ? 時としてリスクを冒さねば手に入れられんものもある。そろそろお前も成長し時じゃ。成長せん人間など幽霊と同じじゃぞ」
「気にはなる。だが、リスクを冒してまで聞きたいとは思わない。なにせ俺は心配病だからな。成長するのはまた今度にするよ」
「かー、そんなことではわしの秘密を知るのは一体何年後になるのじゃろうか!」
「その頃には卒業してるっての」
「お主の秘密。わしには興味があったのじゃがなぁ」
「俺の? そんなものないよ」
「本当か?」
 テンコが札を切る。また桜の描かれた札を取っていく。
「あの日、呪いのメールの実験台として、朝倉を選んだのは本当に偶然だったのかの」
 俺の心臓がじわりと縮んだ。平静を装うために札を切るが、予定とは違うものを場に出してしまう。
「ビビりで心配性のお主があそこまで怒り、堀田に立ち向かっていったのは、本当に心強い味方がいた。それだけが理由か?」
 テンコが余裕の笑みで札をとる。丸い月が描かれた札だ。
「何が言いたい」
「お主は一年前から、この空き教室で昼飯を食べておったよな」
 そうだ。
「そしてあの朝倉という生徒もまた、ここから見える中庭で日々昼食をとっておった」
 確かにそうだ。
「はじめは、お主も退屈しのぎに、ただ眺めておっただけじゃろう。だがどうだ。朝倉の立ち振る舞い、表情を見ているうちにお主は……」
 間を置いてテンコは言った。
「恋をしたのではないか?」
「勝手な妄想をするな! 根拠もないくせに」
「根拠ならある」
「なんだよ!」
「今のお主の顔じゃ。真っ赤だぞ」
 自分の顔が熱い。髪の毛が全て逆立っているかもしれない。
「だからお主は呪いのメールの実験台に彼女を選んだ。そして、困ってる彼女をほっておけなかった!」
「やめろ……!」
「お主もたいがいストーカー一歩手前ではないか!」
「もうやめてください。マジでほんとにごめんなさい」
 俺は机に頭を落下させた。
「いやいや、わしは応援するぞ!」
 テンコは最後の札を机に出して、鶴の絵の描かれた札を取って行った。
「はっはっは! これは一年面白くなりそうじゃ!」

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