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※実際の作品には挿絵イラストが入ります。
僕は今、死体を埋める穴を掘っている。
今日は転校初日で、すでに学校に着いていなければいけないのに、公園の裏山で僕は今、死体を埋める穴を掘っている。
今日初めて袖を通した制服は、血まみれで泥だらけ。
確か姉が言っていた、この制服は、何年か前の卒業生で今や世界的に有名なデザイナーが、「オシャレとはこういうことさ」というコンセプトのもとに作ったものだ。確かに斬新なデザインをしている。そのデザイナーもこんなエキセントリックなアレンジを制服にくわえられるとは思ってもいなかっただろう。
学校で待つこれからクラスメイトになるはずの彼ら彼女たちは、こんな僕を見て受け入れてくれるだろうか。メイトになってくれるだろうか。
「血まみれで泥だらけだけど、気にすんなよな。みんなよろしくな」と気軽に挨拶をすれば、そんなこともあるんだなと思ってくれるだろうか。
ただでさえ、高校一年生の五月というわけの分からない時期での転校だ。おそらく、前の学校でいきなり問題を起こした超絶な問題児を想像しているに違いない。
――実際の理由は伏せられているはずだから。
今日は寒の戻りで肌寒いのに、すでに汗だくだ。
シャツが纏わりつくように貼りつき動きにくい。一度スコップを置き、ブレザーを脱ぎ、左手で額の汗を拭う。
その左手に目が止まる。『あの存在』の事を思い出す。――そうだ、これだ。左手についているこれが、全ての始まり。
「本当に……あってるよね」
思わずそう呟き、もう何度も確認したはずなのに、再び『あの存在』を追ってしまう。
「やっぱり、あってる……あってるんだけど……違うんだよな」
そこには、グチャグチャと音を立てながら、死体から飛び出た腸を元に戻そうとしている、女の子がいる。
乱暴に伸びた漆黒の髪、死体のような白い肌、まるで水墨画のような女の子。
幽霊のような女の子。
彼女も、斬新デザインの制服を着ているから、僕と彼女は同じ学校に通うことになるのだろう。
転校生と在学生だ。
彼女の制服もまた、血と泥のアレンジがくわえられている。
彼女は、死体の腹に両手を突っ込むことになんの躊躇もなく、それどころか少し楽しげに死体をいじくりまわしている。まるで、洋服が雑多に詰め込まれたバーゲン用ワゴンの中から目当てのものを探しているかのようだ。
屈んでいるため、髪の先端が死体に触れているが、全く気にする様子もなくその作業に没頭している。
それにしても長い髪だ。立てば腰のあたりまである。全体的には不揃いだが、髪一本一本は瑞々しく艶やかなため、流れる滝をイメージさせる。髪自体が独立した意思を持っているかのようだ。
僕の視線を感じたのだろうか、トカゲのように首が素早く動き、こちらに顔が向く。
前髪も切り揃えられていないため、顔のほとんどを隠していて、右目と口の半分ほどしか見えない。
「あっ、おやりになりますか?」
何を勘違いしたのだろうか、彼女は腸を手にすくい、僕にそう尋ねてくる。
――どうしてこうなったんだ。
僕が想像していたものと全然違うじゃないか。僕が想像していたのはもっとこう、眩い笑顔で、花とか手作りクッキーを差し出す姿だ。
決して腸ではない。
「あっ、いや、別にやりたくはないんだけど……」
僕のその言葉に、彼女は全く一ミリも反応せず地蔵のように固まり、腸を持ったままじっとこちらを見つめ続ける。
じゃあ、どうして先程こちらを見ていたのだ、と無言の圧力をかけられているようで気まずくなり、僕は必死で話題を探す。
「……えっと、あっ、そうだ、まだ名前聞いてなかったよね。僕は、楠見朝生。今日から君の学校に転校する予定なんだ」
「あっ」彼女はそう漏らすと、ビクンビクンと突然、痙攣を始める。
その震えで腸がぼたぼたと落ちる。
「えっ、なになに? ど、どうしたの?」
「……すいません、すっかり忘れていました。これはこれは、大変失礼いたしました」
もしかすると、今のはハッとしたときのリアクションだったのだろうか。だとしたらあまりにもハッとしすぎだ。
彼女は、手に残った腸を丁寧に地面に置くと、ゆっくりと立ち上がりこちらに向きあう。
そして、血や肉でドロドロになった左手で、ゆっくりと髪をかき上げる。
僕は思わず息を飲む。
その異様な行動に恐怖を抱いたからではなく、露わになったその顔があまりにも完璧だったからだ。
シミやほくろのようなものが一切ないつるりとした完璧な肌に、全てのパーツが完璧なサイズで完璧な場所に配置されている。
理想ではあるが現実には存在しない、それはまるで人形のような顔だった。
大きな目を半眼にし、ほのかに濡れた小さな唇をゆっくりと開き、お告げのように話しだす。
「ご紹介遅れました、水木しげ子と申します」
そう言うと、彼女は、丁寧に体を折り曲げる。
声量は小さいのに、まるで体の中から囁かれたようにはっきりと聞こえるその不思議な声に、僕の体が拒絶反応を示し、背筋に悪寒が走る。
そして、思わず彼女の左手の小指を確認してしまう。
先程、それを追ったばかりなのに――。
それが示す、二人の未来を僕はどうしても信じられない。
――本当に僕は彼女の事を
でも、間違いない。
彼女の左手の小指からは――赤い糸が伸びている。
そしてそれは、僕の左手の小指と繋がっている。
そう僕は、彼女、水木しげ子さんと結ばれているのだ。
――運命の赤い糸で。